MASONNA

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masonna.jpg 87年より自宅録音を開始。ソロ・ノイズ・プロジェクト「マゾンナ」として名乗りを上げると同時に自主レーベル「Coquette」を立ち上げ、数本のカセット・テープ作品を発表。89〜90年にかけて、京都のヴァニラ・レコードよりデビューLP/CDを制作する他、ポータブル・カッティング・マシーンによるアセテート盤極少7"シングル制作、米RRRからの海賊版LP(暴力温泉芸者とのスプリット)、日BEAST666、独Unclean Productionを始め国内外のノイズ・レーベルのコンピレーション参加など、多くの作品を送り出しながら、徐々にアンダーグラウンド・シーンで知名度を高めてゆく。マゾンナ以前に山崎が聴取してきたハード・ロック、デスメタル、ハードコア・パンク、 グラインドコア、パワー・エレクトロニクス・ノイズ等を基盤に、それらの音が本来持っていたエネルギーを極めてユニークな解釈で咀嚼し、激情を凝縮した他に比する者のない斬新なスタイルを確立していった。絶叫と鋭い音の切り返しを瞬間放射し、めくるめくロック的カタストロフィが連続する超高速ノイズの嵐は、正に「究極の一人ロック・バンド」と呼べるものだ。

 91年からは、本格的にライヴ活動を展開。マイクロフォンをメインに最小限度の機材を使用したノイジングと派手な身体アクションが連動したパフォーマンスを打ち出す。狭いライヴ・ハウス内を全力疾走、ジャンプして、着地した瞬間にエフェクターのスウィッチを切り替えるといった捨て身のアクションは、あまりの激しさ故に常に機材の損傷と肉体へのダメージを伴う過酷なものだ。結果的に通常はわずか数分間でステージは終了してしまわざるを得ないのだが、その瞬発エネルギーの強大さは観る 者に鮮烈な印象を与え「ジャンピング・ノイズ・パフォーマー」、「ノイズ界のロック・ゴッド」とも評される。

 スタジオ録音物はカットアップ・エディットなどの編集を巧みに駆使し、精緻な作り込みが施されたもので、時期を追う毎にサイケデリックなテイストが加味され、音楽的な幅が広がってゆく。93年には、非常階段のJOJO広重が主宰するジャパノイズ殿堂レーベル、アルケミーからCDリリース、そのエクストリームな表現形態は、急速に海外でも話題となる。同年、アメリカ西海岸でライヴ公演(ロサンゼルス、サンフランシスコ、バークレー)現地ラジオでの生ライヴ出演が好評を博し、翌94年に2度目 のアメリカ西海岸公演、96年には、メルツバウと共に米縦断ツアー(シアトル、ポートランド、ロサンゼルス、サンフランシスコ、オークランド、クリーヴランド、ニューヨーク、ボストン)。97年、オーストラリア公演(シドニー、メルボルン)に続き、'99年イギリス進出、ロンドンで2回の公演を行う。英国民的人気DJ、ジョン・ピール企画の「John Peel Session Live」(於クイーン・エリザベス・ホール)に出演し、ライヴの模様はBBCラジオでオンエアされた。また米MTVでは、ソニック・ユースのサーストン・ムーア自ら監修する番組でマゾンナのライヴ映像が放送された。現在までに米RILAPSE. V、加ALIEN 8、英BLAST FIRST. COLD SPLINGなどのレーベルからもアルバムが発表されている他、参加コンピレーションを含めるとその活動範囲は、英米全欧に及ぶ。

 国内に於いては、自ら主催するノイズ・イヴェント「Gathering of Noise Galore」、「Noise May-day」を大阪のライヴ・ハウス「ベア−ズ」で定期的に開催。海外のノイズ・アーティストを多数ブッキング(ソリッド・アイ、ヘイターズ、サデン・インファント、ルンゼルスターン&ガーゲルシュトック、プットリファー、他)し、自らも出演。来日アーチストのサポート及び共演(ベック、スリップ・ノット、ファウスト、キャロライナー、デストロイ・オール・モンスターズ、ブリクサ・バーゲルト、 他)も多数ある。

(文責・東瀬戸悟)
[2002年・秋]



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